TK-X

226イヴェントが近づいておりますが、恐らくそのイヴェントにて話題に出るであろう、陸自の新型戦車TK-Xのことについて少々。

TK-Xとは、90式戦車に継ぐ日本国産戦車の開発コード名で、先日試作車両がマスコミに公開されました。

1両7億、陸自が新型戦車 - MSN産経ニュース
TK-X - Wikipedia
スラッシュドット・ジャパン | 陸上自衛隊の新型戦車、お披露目

戦車というものは基本的に、敵の戦車と戦うための車両です。戦車は、敵戦車に破壊されないように装甲はどんどん厚くなり、その厚くなった敵戦車の装甲を破壊するため主砲はどんどん大きくなり……と大型化を繰り返してきました。そうなると当然ながら車体重量は増えることになります。戦車は、速度低下が許容できる範囲内で、そして輸送可能な限界の中で重くなっていきました(そこまで重くなれたのは、エンジン出力が上がってきたからというのがあります)。
ところがそんな中で冷戦が終結してしまいます。「敵戦車を撃破した後、火力と機動力でもって敵戦線後方を突破し敵を包囲・攪乱する」というのが戦車の基本的な運用方針ですが、そんな大戦車戦・大突破戦が行われる可能性がどんどん小さくなる一方で、地域紛争や対テロ・ゲリラ戦への対処が軍に求められるようになりました。そのため今までの重戦車に代わり「輸送が容易で、迅速に紛争地域に展開できる戦車」を求めて、「戦車を小型軽量化しよう」という動きが世界的に起こっております。

また、C4Iも現代の戦車のテーマの一つです。C4IとはCommand(指揮)、Control(統制)、 Communication(通信)、Computer(コンピューター)、Intelligence(情報)の頭文字で、軍事において重要とされる原則の頭文字を並べたものです。味方との通信技術の向上、搭載コンピューターの向上、GPSの利用などによって、味方から送られてくる情報を互いに共有し、確実に効率的に行動しようという方針で、例えば1台の戦車に搭載されたディスプレイ上の地図に、味方の位置が自動的にリアルタイムに表示され、敵発見の情報や目標指示の情報も味方すべてで共有する。そして戦線後方の指揮官も、最前線のそういった戦況情報をリアルタイムで把握することを可能にする……みたいな感じです。

TK-Xも、それらの流れの中で新開発された戦車で、車体重量は90式の50.2トンに比べて約44トンと軽量化(あくまで試作車両なので、制式化されたときには変わる可能性もありますが)。そして90式がC4I能力の搭載を前提とされていなかったのに対し、TK-Xは最初からC4I能力の搭載を前提として設計されています。一両の価格は7億円とされていますが、これは主力戦車にしては低めの金額です(開発費は別にかかっておりますが)。

さて、そこで最大の問題。「TK-Xを開発・配備する意味はあるのか?」

こんな戦車、必要なの? “無駄”で潤う三菱重工 : 日刊サイゾー

こちらでTK-Xのことが批判されていますが、この批判には明らかな事実誤認が含まれています。まず90式の重量批判ですが、90式は当時の主力戦車としては比較的軽量な方で、90式開発当時の情勢からするとあの重量はやむを得なかったものでしょう。また「(C4I能力搭載には)既存の90式戦車を改良するだけで十分」とありますが、防衛省は90式の車体スペースを考慮すると、90式を改良しても実現できるC4I能力は限定的であり、費用対効果に似合わないとしています。それに、陸自の主力戦車は数の点からいうと未だに90式ではなく、さらに古い74式なのが現状です。既存の74式をアップデートするのはさすがにどう考えても無理があります。これから「C4I能力が中途半端で重量も重い90式」を生産して74式に置き換えていくより、「新型戦車を作った方がいい」とするのは自然なことと言えるでしょう。

だからといって先のサイゾーの記事がすべて的外れとも言えません。大きなポイントは「重量44トンで本当に良いのか」というところです。TK-Xは当初40トン程度を目指していたと言いますが、結局44トンになりました。そのため、今から新型戦車を作るならこれでも重すぎるのではないか、という懸念があります。例えばアメリカ軍は、現在主力のM1戦車の後継として、空輸も容易な重量24トン(!)の新型戦車(MCS: Mounted Combat System)を開発中です。ですが、重量を軽減しようとすると装甲や火力が犠牲となります。MCSはそれを技術革新によって補おうとしていますが、余りに革新的すぎる設計は開発が難航するものですし、結局は高い研究費を無駄にしただけで失敗したということも過去に何度もあります。重量、速度、装甲、火力のバランスをどう取るかは兵器の永遠のテーマです。

また「今更戦車が必要なのか」ということも何度も言われています。海外派遣を別とするなら、日本で戦車が戦う状況となると「本国に敵戦車が上陸してきた状況」ですが、そんな状況などもう来ない、いくら対テロ・ゲリラ戦を考慮して軽量化したと言っても、TK-Xはまだでかくて重すぎる。むしろ必要なのはPKFなどの任務にも対応しやすい歩兵戦闘車である……という話です。また、今の自衛隊の仮想敵国は(誰もはっきりとは言いませんが)旧ソ連でも北朝鮮でもなく中華人民共和国であり、その時の主戦場は南西諸島、沖縄方面。つまり必要なのは空軍力および海軍力である、という話になります。

ですが、いざというとき「戦車はあのとき捨てちゃったので、もうありません」となってしまうことを恐れるのが軍人というものですし、他の世界各国が未だに新型戦車の開発を続けている中で、取り残されるのを恐れるのは当然と言えるでしょう。それに、20年後の国際情勢がどうなっているかわかりません。個人的には、特に親欧米の旧ソ連諸国に数々の圧力をかけている、皇帝ツァーリとも揶揄されるプーチン体制のロシアがどうなるのか不気味です(先日もロシアによる日本領空侵犯騒ぎがあったばかりですし)。結局の所TK-Xが成功と評価されるか失敗と評価されるかは、20年後くらいになってみないとわからないでしょう。

あとTK-Xで細かいことをいうと、スラッシュドット・ジャパンにも触れられておりますが、74式にはあったけど90式では廃止された「前後左右への傾斜機能」が復活しているのが気になります。これは、車体上部を前後左右に傾けることにより、車体が坂上にあっても砲塔を水辺に保ち、正確な射撃を可能にするためのものですが、90式では「左右への傾斜機能」が廃止されました。これは、90式では射撃コンピューターの性能向上によって左右への傾斜を行わなくとも正確な射撃が可能であるから、という理由だったのですが。

また、以前「90式をイラクに~」という話がありましたが、実際に90式をイラクに派遣していたら隊員が死んでいたでしょう。なぜなら90式には乗員用のエアコンがないからです。海外派遣を考えるとエアコンは必須ですし、そうでなくとも日本でも「乗員が脱水症状を起こしかけた」という話があるのでエアコンがあった方が良いのですが、TK-Xへのエアコン搭載予定はあるのでしょうか。

226イヴェントに出演する岡部いさく氏は恐らくTK-X公開を直接見に行っているでしょうから、TK-Xについてのもっと詳しい話が聞けることを期待しております。