特別企画「なんだか色々と聞いてきました」第1回 『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG Blu-ray Disc BOX』の新技術って?(前編)

何故か私が『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』のBlu-ray Disc BOX(11月25日にBOX1、12月22日にBOX2発売)で使用されているエンコード技術の取材を行うことになってしまった。更にバンダイビジュアルの方に、アニメ作品におけるBD/DVDのセールス/マーケティングの話なども色々と聞くことができたので、数回に分けてここで紹介していきたい。

発端は『よみがえる空』プロデューサーからの連絡

今までに私は、「押井守情報」を扱っているこのサイトで、押井守とは全く関係ない『よみがえる空 -RESCUE WINGS-』について、個人的趣味で何度もしつこく紹介してきた(今でも『よみがえる空』は私のベストアニメである)。実はその『よみがえる空』プロデューサーの杉山潔氏にお会いする機会があったのだが、杉山氏は私が書いた『よみがえる空』や、その実写映画版『空へ』についての文章をしっかり読んでいたらしい。うへぇ。

それからしばらく後、杉山氏から私に連絡があった。
「『攻殻 2nd GIG』のBD-BOXで、Blu-rayのエンコードに新技術を使っているんですけど、これを取材してあなたのホームページで紹介していただけませんか?」
もちろん私としては興味ある話だった。『2nd GIG』には押井守氏も「ストーリーコンセプト」として参加しているわけだし、以前このサイトに各話について色々書いたし、『ロマンアルバム 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX アルティメットアーカイブ』という本の制作に参加させて貰ったこともあるため、『攻殻S.A.C.』とは縁がある。だが個人サイトである野良犬の塒で扱う以上は、あくまでユーザーの立場から取材したい。そう伝えたら、杉山氏はそれでも全く構わないとのこと。どうやら“新技術”にかなり自信があるらしい。また更に私はこの機会に、アニメBD/DVDのマーケティングについての質問もしたいと伝えたら、そちらも答えられる範囲で答えてくれるという。だとしたら私としては断る理由はない。

気楽に取材に行ってみたら……

取材時の状況そんなわけで『2nd GIG』BDのエンコードを担当したソニーPCLを訪問することになった。最初私は、小さな部屋で行うこぢんまりした感じの取材になると思っていたのだが、実際に行ってみたら杉山氏の他にバンダイビジュアルの方が2名、さらにソニーPCLの方をはじめとしてソニー関係者の方々が4名も! 写真の左側はソニーPCL デジタルプロダクション事業部 デジタルメディア部 統括部長 滝沢隆也氏。右側はソニー ホームエンタテインメント事業本部 ホームエンタテインメント開発部門 システム開発3部 廣田洋一氏。このような恐ろしい肩書きの方々が、AV素人の私を待ち構えていたのであった!
また案内された大きな映像室には、デモ映像比較用に同一機種のどでかい液晶TVが2台用意されていたのだ。ソニーPCLの方に「正確に比較できるようにするため2台のTVを調整したのですが、民生機なので(個々の製品に微妙な性能の差があり)なかなか全く同じ色を出すことができなくて……」と言われてしまった。ところが以前眼科医に「色弱の可能性あり」と診断されたことがある私は、自分のいい加減な目玉で色の差がどこまでわかるか怪しいと思ったのだが、白状できなかった……。

色情報の10ビットと8ビットとは

ともあれ“新技術”について、ソニーPCLの方々による説明が始まった。だがまず先に、色の10ビットと8ビットの差とは何かを説明した方が、AVマニアでない人などにもわかりやすいと思うので、その点から語っていきたい。
『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を含めた作品では、マスター映像(BDなどに落とし込む前の無圧縮映像)で、10ビットの色を使っていることがある。10ビットとは210=1,024であり、光の三原色RGB(赤、緑、青)でそれぞれ10ビットの色情報をもつから、合計で10243=1,073,741,824色、つまりは約10億色が扱える。色情報は、多ければ多いほど多彩な表現が可能で美しいに決まっている。
だが、DVDやBlu-ray Discの容量には限界があるし、家庭用TVで表現できる色数にも限界がある(一般的な家庭用TVの表現可能色は8ビット。高性能機種ではDeepColor対応といって10ビットないし12ビットの色が表現可能なものある)。そのためDVD/BDでは色情報を8ビットに減色して保存する(更にMPEG圧縮がかかるわけだが、その点については省略)。8ビットだと3原色ごとに28=256なので、合計で2563=16,777,216色、約1600万色を扱うことができる。これは、現在の一般的なPCで扱える色数と同じである(PCにおける”True Color”32ビットでも実際にRGBの色情報として使われるのは28×28×28で24ビット分)。

“SBMV技術”とはなんぞや

「1600万色もあれば十分すぎるんじゃないの? そもそも人間の目で1677万色の差が見分けられるの?」と思う人も多いだろう。だが、これが結構見分けてしまえるのである。特にマスターが10ビットのアニメ作品の場合、機械的に割り算して8ビットに落とすと、下の図のような“カラーバンディング”という現象が発生しやすい(以下、図面はソニー提供の資料より掲載)。

カラーバンディング

で、このカラーバンディングを軽減するためにソニーPCLが開発したエンコード技術がSuper Bit Mapping for Video(SBMV)である。この技術を使えば、BD/DVD用に色を8ビットに落としても、カラーバンディングを発生させないという。

SBMV

では、なんでSBMVを使えばカラーバンディングが発生しないのかだが、

人間の視覚特性を考慮し、視覚上の階調を高周波信号で作り出しています。人間の視覚特性は高い周波数に対して感度が低く、高周波信号は視覚的に平均化されて見えるようになっています。併せて、人間の視覚特性の感度が高い低い周波数帯域の量子化誤差を低減する事により、限られたビット数で高い階調性能を得ることができます。結果として滑らかな階調を再現でき“カラーバンディング”現象が起きません。(SONY CREASにおけるSBMの説明より)

……だそうである。要するに「人間の視覚には錯覚のような特性がある。その特性に合わせ、人間の目をごまかすようにしてうまく色を落とせば、カラーバンディングは見えない」ということらしい。下の資料を見ると、ディザリングを行うことで見かけの色数を増やしているように勘違いしそうだが、決してディザリングを行っているわけではないので、ノイズが増えることはないそうである。

SBMVの原理

このSBMV技術は、既に発売済みの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX BD-BOX』でも使用されている。また以前、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 EVANGELION:1.11 YOU ARE (NOT) ALONE』のBDでSBMV技術が使用されたという記事がAV Watchに掲載されたことがあるので、SBMVの単語を目にしたことがある人もいるだろう。

BD版「ヱヴァ新劇場版」に、ソニーのSBMV技術導入 -AV Watch

さてここで、あなたの手元にある『攻殻S.A.C.』のBDなどを再生してみて「あれ、カラーバンディング出てるじゃん」と思われるシーンを見つけるかもしれない。なぜならSBMV技術には「マスターで既にカラーバンディングが発生しているときには効果がない」という欠点があるからである。

SBMV

「マスターを10ビットで作っているなら、最初からカラーバンディングを出さないようにしてくれ」と言いたいところだが、実際の現場では(特に制作時間や予算が制限されるTVアニメでは)なかなかそうもいかない。それに、マスター自体が8ビットだった場合はどうしようもない。

プレイヤー用“スムージング”技術

で、今度はエンコードではなくプレイヤー用の技術なのだが、ソニーはCREAS(クリアス)という技術を開発している。

CREAS 概念図

CREASでは高画質再生のためにいくつかの技術を使っているが、その中の一つが“スムージング”である。これは、8ビットに減色されていてカラーバンディングが発生している映像(DVD/BD/放送波映像等)の色を、文字通りスムージングしてカラーバンディングを目立たなくする技術である。

んでもって、11月5日に発売されるソニーのBDレコーダー「BDZ-EX200」には、このCREASの強化型であるCREAS2plusが搭載されているという。説明の中でソニーPCLの方は私に、BDZ-EX200のデモ機で『攻殻機動隊S.A.C. TRILOGY-BOX』BDの、既にカラーバンディングが発生してしまっているシーンを再生してくれた。そして“スムージング”の機能をONにすると、私の“いい加減な目玉”でもはっきり識別できるほどカラーバンディングがなくなっていた。その一方で、画面のシャープ感がなくなったり線がぼけたりするような副作用はほとんど感じられなかった。この“スムージング”技術は、アニメのBD/DVD再生にとってとてつもなく有効だろう。オープン価格で25万前後とけっこうな値段だが……(なおBDZ-EX200の下位機種のBDZ-RX100BDZ-RX50などでも、スムージング機能の簡略化版がついているとのこと)。

記事が長くなったので一度分断。後編に続く