日本アニメ界で衝突する巨人たち

Japanese anime's clashing titans@nifty 翻訳

宮崎駿、押井守、大友克洋という3人の監督の作るアニメの違いについて、押井氏が中心にazcentral.comのインタビューに答えている(鈴木敏夫氏のコメントもある)。Production I.Gを押井氏のスタジオと勘違いしているように見受けられるが、基本的な内容は非常に面白い。そこでこのテキストの特に面白い部分を大雑把に訳して紹介してみたい(日本語の翻訳である英文をさらに私がいい加減に翻訳し、押井氏本人が喋ったようにちょっと再現してみた)。全文については元記事を参照。ミスがあったので翻訳文章を訂正した(指摘 焼き飯氏)。

押井は宮崎について、こう語っている。
「監督としての視点から、僕たちは宮さんには何も新しいことを期待できない。あの人は、もうほとんど引退した老人みたい」
また、3月に合衆国で新作の『スチームボーイ』が公開される大友について、宮崎作品で長年プロデューサーをしている鈴木敏夫はこう語っている。
「彼の全部の映画にはテーマが一つしかない。それは"大人と子供の戦い"という、昔から日本にある"子供が社会や悪と戦う"というテーマ。大友の考えはかなり古い」
(大友は、この記事のためにインタビューを受けることを断わった)

東京近郊の彼のスタジオで(訳註 Production I.Gの事だろうが、実際にはI.Gは押井氏のスタジオというわけではない)、だぶだぶのジーンズをはいた押井はこう語る。
「僕は、宮さんは日本を壊してしまいたいと頭の中で考えていると思ってる。だけどあの人は、自分の世代がこのろくでもない社会を作ったということを知ってて、子供たちが将来を作っていくという希望を持ってる。それで、家族や子供が楽しむことができる映画を作ってる。それはあの人が本当に作りたいと思ってる、流血だらけの映画を作るまで変わらないだろうね」

「僕自身は理想的な一市民だと思うけど、僕の頭の中は違うよ」と押井は笑って言った。「誰でも、悪いことをしてみたいという考えを持ってる。僕は東京のあらゆるビルにミサイルをぶち込みたいと思ってるから、そういう映画を作る。だけど宮さんはそういうのを隠してる。日本を壊したいという情熱があるけど、あの人は本当に作りたいものを作ってない」
押井は血を知っている。クエンティン・タランティーノが『キル・ビル Vol.1』に入る10分のアニメシーンを日本アニメーターに作ってもらおうとしたとき、彼は押井に依頼し、男の体が血祭りになるシーンが作られた(訳註 明らかな間違い。アニメパートを作ったのはI.Gだが、押井氏は『キル・ビル』には関与していない)。

(訳註 『イノセンス』の廃退的な世界について)「人間は絶望的。みんなそれを認めなくちゃならない」と押井は言う。

「宮さんは『アニメーションは子供向けであるべき』といつも言ってるから、それはハッピーエンドであるべきなんだよ」と、宮崎作品のプロデューサーである鈴木(宮崎に関するインタビューほぼすべてを扱う)は言う。「他の日本人の作家、特に映画監督や漫画家はみんな終末的世界を描いてる。だから愛とか優しい映画を作る宮さんは目立ってるんだよ」

日本では、『ハウルの動く城』の公開が2004年の映画の出来事だった。これは11月20日まで公開されなかったが、2004年最高の興行収入を上げる映画となり、ほとんどの批評家がこれに一石を投じることができなかった。
「みんな表だって宮崎駿を批判しません」と、主要な日本映画雑誌"キネマ旬報"の元編集長である白井佳夫は語る。「みんな失業するのを恐れているから、自己検閲しているんです」
白井は、日本人の評論家が宮崎のスタジオに仕事を奪われることを恐れて、子供を混乱させるようなプロットになっていることを批判しないと指摘している。

押井と宮崎の間に共通点があるとすれば、日本のアニメ界の賢人の一人である鈴木だろう。彼は押井の『イノセンス』と宮崎の『ハウル』両方のプロデューサーを務めた。彼は両人と交友がある。
押井は、彼自身のアニメの暗いイメージとは異なり、非常に陽気で呑気だ。「一方、宮さんは性格的にかなり悲観主義者」と鈴木は言う。ハッピーエンドの映画を作るため「宮さんは、自分の考えにブレーキをかけなきゃならなかった」