野良犬の塒
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「映画の未来」見据える日仏の才能

朝日新聞 2004年2月20日朝刊より。「ゴッド・ディーバ」の監督であるエンキ・ビラル氏と押井氏の対談が掲載された。

 フランスを代表するマンガ家で映画監督のエンキ・ビラルさんが、3作目の長編映画「ゴッド・ディーバ」の日本公開(5月1日)を前に来日し、アニメ「イノセンス」公開中の押井守監督と対談した。互いの作品のファンで、同じ51年生まれの2人は「テクノロジーと人間性」「世界を傭撤する視点」「新しい映画」などについて語り合った。(小原篤)

 「ゴッド・ディーバ」はビラルさんのマンガ「ニコボル3部作」(河出書房新社刊)を基にした近未来SF。主要人物は俳優が演じ、CGのキャラクターや背景と組み合わせた。人工臓器で肉体改造にふける支配層と、ミュータントやエイリアンが入り乱れる都市が舞台だ。「イノセンス」も、生身の人間とサイボーグやロボットが共存する未来社会を描く。
 「『イノセンス』には、ビジュアルの一貫した明確さと現代への警告を感じた。私も押井さんも、テクノロジーが発達し人間性が失われていく世界を描いている」とビラル監督。「世界をはるか高くから腑撤したとき現代の人間がどう見えるか。それを考え、示すのはアーティストの責務だ」
 押井監督も「まさにそれが、映画やマンガの唯一生産的なところだと思う」。
 ビラル監督はさらに「作品を作る時、私は三つの時間を考える。言語や文化という形で刻まれた〈過去〉をふまえて〈現在〉をとらえ、〈未来〉がどうなるかを見せる」と言うが、押井監督は「僕には〈今〉と〈今でない時〉の二つしかない。過去も未来も変わらない気がする」。
 過去から未来へ進む「歴史」を信じるか否か。2人の違いは、それぞれの映画の主人公が、かさついた世界をさまよった果てに行き着くラストに、表れているように見える。
 「ゴッド」の主人公ニコボルは、地上に降りてきた神ホルスに操られ、異世界から来た女ジルと出会う。終幕で彼を囲むのは、愛するジルと彼女が産んだ「神の子」。メシアニズムが透けて見える。
 「イノセンス」の主人公バトーは、ネット空間のかなたに消えた素子を思いながら、犬を抱き人形を見つめる。喪失感を抱えた現代人は、慰めてくれる代替物と共に生きるしかない、と読める。
 押井監督は「確かにあの3人は聖家族(イエスとマリアとヨセフ)に見える。やはりビラルさんはヨーロッパの人なんだ」。ビラル監督は「あの子はキリストではない。映画に出てくる神は多神教のエジプトの神々で、私は一神教を嫌悪している」とこの解釈を否定した。
 押井監督は「映画には、表の物語とは別の物語が、人物の配観といった構造に無意識に表れることがある。それは映画の持つ本質的な力だ」。これにはビラル監督も「確かに、様々な解釈が可能な方が映画は豊かになる」と応じた。
 2人とも、デジタル技術を駆使して細密な架空の世界を作り上げた。押井監督は「ビラルさんも僕も、まだ見ぬ新しい映画を目指している。技術的な壁はあるが、その向こうに行ける手応えは感じる」。ビラル監督は「やってやろうという意欲と大胆さをもって、進んでいきたい」と語った。

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