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またロード・オブ・ザ・リングの字幕について動きがあった。LOTR字幕抗議のための英語工房のサイト制作者の方が、ヘラルドの招請を受けて試写を見てきたということである。詳しい話は先方のサイトにあるので省くが、まず第一に『二つの塔』の字幕はかなりよいものになっているということ。私は散々「戸田奈津子をおろせ」と言ってきたが、良い字幕になるのであれば誰がやっても構わない(戸田奈津子に『指輪物語』の良い字幕が出来るとは私には信じられなかったが)。そしてもう一つ、ようやくヘラルドもファンやファンサイトの存在を無視する、或いは適当にあしらうのを止めたという事である。
結局ジャクソン監督が「日本字幕担当者を交代させる」といった話がどうなるのかは未だ不明だが、「まともな字幕」という点においては、問題は決着したと言ってもいいだろう。
公式サイトの字幕に関するコメントについて、ニュー・ライン・シネマ(NL)からの声明が発表された。
ニューライン・シネマ製作「ロード・オブ・ザ・リング」3部作の第2部「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」は2月22日に日本公開となります。
「ロード・オブ・ザ・リング」第1部をご覧になったファンの方々から字幕に関する指摘を頂きました。そのため、この第2部の字幕製作にあたっては、ニューライン・シネマと日本ヘラルド映画が日本語字幕をよりよいものにするために協力体制を取ることにしました。
映画をご覧になる皆様がより満足して頂けるように、我々は、原作の翻訳家の一人である田中明子氏と原作の出版元である評論社に全訳をお願いし、その原稿をもとに、戸田奈津子氏に字幕を作成してもらいました。田中氏と評論社は再度字幕原稿をチェックし、完成した日本語字幕は英語に翻訳され、ニューライン・シネマが最終チェックを行いました。以上の過程を経て最終的にニューライン・シネマが承認した日本語字幕が完成致しました。
ニューライン・シネマは、字幕作業に携わった関係者全員の努力により、今回の日本語字幕がよりよいものになったと確信しております。そして、日本の観客の皆様が「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」を楽しんで頂ける事を願っております。
ここでも「指摘」という言葉になっている。原文が判らないので本当にニューライン・シネマが「字幕に関する指摘」と言ったのかどうかは判らない。翻訳で勝手にすり替えたのではないかというのは私の勘繰りすぎだろうか?
プレミア日本語版 2003年4月号に、字幕に関する特集が掲載された。勿論これは『ロード・オブ・ザ・リング』字幕問題が発端となって最近注目されるようになったことだが、この雑誌の特集では『ロード・オブ・ザ・リング』に限らず、それ以前にあった字幕騒動である『フルメタル・ジャケット』で戸田奈津子が解任された話や、字幕制作の行程、字幕が抱える問題、字幕の世界の現状などについて書かれている。
残念ながら、業界関係者のなかにはオフレコでしか話さないばかりか、字幕に問題があるかどうかさえ論じようとしない人がいることに驚かされました。取材を申し込む電話をしてもなしのつぶてだったり、はっきりとしたことを言ってくれなかったり、一切口を開こうとしない人もいました。ある業界通に言われました。字幕はデリケートな問題だから、と。
でも正直な話、私にはどこがデリケートなのかよくわかりません。私たちが知りたいのは字幕のシステムとその成果であって、企業秘密や国家機密じゃない。しかし、そこは保守的な業界のこと、変化という発想に対してアレルギー反応を示すのです。そのせいで、映画業界はいまだに不透明です。昔からこうやってきた、というだけで、今も変わらないことがいくつもある。でも極端な話、「昔からこうやってきた」と言うのなら、今も私たちはサイレントのモノクロ映画を見ていることになるのでは?(前書きより)吹き替え版などの翻訳家も公開作品の字幕を手がけられるだけの基礎力はもっているのだが、進出するすき間は狭い。徒弟制度、権威、コネ。それらが字幕翻訳の質そのものにも影響を与えているようだ。
制作担当者は「公開作品の字幕は確かに誤訳が多いし、言葉のセンスも悪く、つい爆笑してしまう」。だが「たとえばどんな作品?」と聞くと、「作品名で字幕翻訳家が誰かわかるので、伏せておきます」。今回の取材では仕事を干されるのを恐れてか、名前を伏せたうえでの発言も多かった。そんな体質ではより良い字幕を目指した建設的な議論も生まれにくい。映画評論家の柳下毅一郎氏は、字幕翻訳家について「何かあると『字幕は映画の補助にすぎないですから』といった言葉が逃げ口上としてよく使われるんです。名前を大きくクレジットしているのなら、それ相応の責任意識をもつべきだと思いますね」。(特集記事より)
私は以前、映画雑誌などの専門書が『ロード・オブ・ザ・リング』を含めた字幕の問題を黙殺していると非難した。何故そういう状態になっていたのか、上の文章を見れば読めてくるように思う。
この特集は、「やっと映画雑誌も字幕の問題について初めて正面から向き合う気になった」という点で評価すべきだろう。だがやはりこの特集にしても、誰の字幕が悪いとか、何の映画の字幕が悪いとか、そういう具体的指摘はほとんど見られなかった(そう指摘するのがこの特集の目的ではないかもしれないが)。
映画が評論家によって「この映画は駄目だ」と非難されることが映画雑誌で起こるのであれば、「この映画の字幕は駄目だ」という非難も当然あるべきなのだ。監督や俳優や脚本家が非難されることが許されるのに、どうして字幕翻訳家の非難は許されないのか? と。だが、それが許されるまでにはまだ時間がかかりそうである。