2002年2月21日、私は運良く試写会に参加することができた。
結果はどうだったか? 確かにそういった固有名詞は「一応」小説と同じ(つまり、正しいエルフ語発音に準拠)になっていた。だがそれ以前に、本当にどうしようもない字幕で、「戸田奈津子はこの訳をした時本当にしらふだったのか?」と、私は真面目に疑った。
「センスがない」の限りだった。エルフが「ハートとともに(この贈り物を差し上げます)」等と言うのである。何故「ハート」? 何故「心」にしない? そのような「腰砕け訳」の連発だったのだ。また例によって「物語をわかりやすく」という戸田奈津子の「習性」が現れ、例えばアラゴルンの「エレンディル!(Elendil!)」という叫び声(かけ声)を勝手に「突っ込め!」に書き換えている。エレンディルとはアラゴルンの祖先の名で、 映画でもしっかり説明されている。アラゴルンは、自らの祖先で伝説的英雄である人物の名を掛け声に使ったのだが、戸田奈津子はそんな風情も情緒も理解しないらしい(DVDではこれは修正されたが、それでも「父祖の名にかけて!」だった)。
他にも、奈落に落ちようとするガンダルフの台詞"Fly,you fools!"(行け、馬鹿者!)がある。この"Fools"のの意味がどれほど大きいかは言うまでもないだろう。自分が地の底に落ちようとしている時なのにこう言う台詞が、ガンダルフの性格を示しているのだ。だがそれも戸田奈津子にかかれば「早く行け」だけで片付けられてしまった。
その上キャラの口調は統一されていない。フロドのことを"Master"と言って敬愛するサムが、いきなりフロドに各所でタメ口を始めるのである。また、実際には生きていて物語の第三部に登場する人物が「執政だった……」と故人のように語られている。これらは、物語に対する理解不足としか言えない。まるで脚本を一回さらっと見てそのまま訳しただけだ。最初から“全三部作”と判っている作品の訳がそれでいいのか?(*1)
そして後に、最悪の訳と言われることになった点。強力な魔力を秘めた一つの指輪に誘惑され、自分を見失ってフロドに詰め寄るボロミア。そのボロミアに対するフロドの台詞「Your not yourself!(貴方は自分を見失っている!)」が、「嘘つき!」という字幕にされてしまったのである。
本来の“誠実なボロミア”を知っているフロドの心も、指輪に誘惑されてしまったボロミアの悲劇も、すべて破壊された。この瞬間ボロミアは“ただの悪役”にされてしまった。ボロミアはこの後戦って命を落とすのだが、「嘘つき!」の台詞の後では、多くの観客にはボロミアの死は、原作者や監督が意図した「指輪に誘惑されてしまった人物の悲劇の死」ではなく「ただの自業自得で死んだ」にしか見えないだろう。戸田奈津子の「物語をわかりやすくする」という翻訳方針は、こうして物語、脚本、キャラクターをもねじ曲げてしまったのである。確かに、悪人は100%悪人であるほうが判りやすい……。
これが本当に、田中女史が「監修」した翻訳なのだろうか? 田中女史はどこまで関わっているのだ? 単に固有名詞のリストを提出しただけで「監修」にされてしまったのだろうか? 後に私が関係者から聞いた話によると、田中女史は他にも様々な指摘を戸田奈津子に行ったらしい。だが、それらのほとんどは戸田奈津子の「自分は字幕のプロだから」という態度につっぱねられてしまったという。
原註