そもそも『ロード・オブ・ザ・リング』という邦題自体がおかしい(このタイトルを付けたのは戸田奈津子ではなく日本ヘラルドであろうが)。繰り返すがトールキンは、英語は全て現地の言葉に翻訳することを要求していたのに、それに合わない。確かに『指輪物語』は忠実な訳ではない(The Lord of the Ringsを直訳すると「指輪の王」)が、決して物語に矛盾したタイトルではない、良い意訳だと思っている。
それが『ロード・オブ・ザ・リング』という、あからさまに「邦題みたいなタイトルだと売れないから『これは洋画です』という事を強調するタイトル」にされてしまった。更に、原題はThe Lord of The Ringsである。指輪は複数形なのだ。この物語は一つだけの指輪の物語ではないからだが、それも無視された。まあ「リングス」だとプロレスみたいだというのは判らなくもないが。
以上のような状況により、私は映画『指輪物語』の翻訳に絶望していた。だが、そこに光明が現れた。翻訳監修に、原作翻訳者の田中明子女史が付くというのである。
「それなら大丈夫だ! 原作にしっかりと精通している田中明子女史である。少なくともバクシ版みたいな事にはならない」と。
実は『指輪物語』の映画に字幕が付けられるのは『ロード・オブ・ザ・リング』が初めてではない。1977年にラルフ・バクシ監督によって製作されたアニメ映画『指輪物語』は日本でも公開され、日本語字幕がついていた。だがその字幕の片仮名表記が、ことごとく間違っているのである。例えば“ゴンドール”を“ゴンドー”、“モルドール”を“モードル”というように。ゴンドール(Gondor)とモルドール(Mordor)の、両方とも同じ筈の"dor"(エルフ語で「国」の意)が、ドーになったりドルになったりとてんでばらばらだった(*1)。だが、エルフ語のこともしっかり知っている田中女史が付いていれば、少なくともそんなことは起こりえないと。これで一安心だ。
原註