このように、『指輪物語』の翻訳というのは非常に高度で複雑なのである。『指輪物語』の世界は8000年以上の歴史があり、固有名詞は5000個にも及ぶという。そんな歴史物語を翻訳するというのは並大抵のことではないのは当たり前である。
2001年10月末。「『指輪物語』が実写映画化される。それを見ることができる!」という、かつて私が夢として待ち望んでいたことの実現が目前ということで私は有頂天であった。だが、私はこの映画の字幕を行うのが、戸田奈津子氏だという事を知って重大な懸念を表明した、いや、絶望したと言っても良いだろう。「これで指輪物語(この時『ロード・オブ・ザ・リング』という邦題も既に発表されていた)のまともな翻訳は望めない……」と。
戸田奈津子という名前を聞いた人は多いだろう。年間に何十本もの洋画の字幕翻訳を行っている、日本で一番有名な字幕翻訳家である。だがこの人物は、同時に「誤訳」でも有名だった。
私はこの「誤訳の歴史」にそんなに詳しいわけではないが、例えば映画『フルメタル・ジャケット』では「正しく翻訳していない」と、監督のキューブリックに解任されるという事が起こってる。そして「戸田奈津子はヤバい」という事は、その少し前に公開された映画『スターウォーズ エピソード1』の字幕を見ただけで判った。
戸田奈津子問題を私が認識したのは『STAR WARS Episode I: The Phantom Menace』の時であったのだが、『STAR WARS』の翻訳についても色々と長い話がある。
まず、それまで『スターウォーズ』は『新たなる希望』『帝国の逆襲』『ジェダイの帰還(当時のタイトルは『ジェダイの復讐』)』と何度も公開され、映画・TV・小説・関連書籍・その他コミックからキャラクターグッズに至るまで、翻訳はばらばらで全く統一されていなかった。例えばForceという言葉が「理力」と翻訳されていたことは有名だ。これは最初の映画の字幕の訳である。
『新たなる希望』『帝国の逆襲』『ジェダイの帰還』という旧三部作を、ディジタル処理によって再編集した『特別編』公開の時に字幕を担当したのは林完治氏。その時にForceを「フォース」、Droidを「ドロイド」などとする訳が行われた。
Droidを「ドロイド」としたなど、訳とは言えないではないかと思われるだろう。それまでDroidはロボットだの何だのと意訳され、「ドロイド」とはされていなかったのである。しかしDroidはルーカスの造語であり、英語には存在しない言葉である。つまり英語圏の人間にとってもDroidは耳慣れない言葉なのだから、それを勝手に翻訳して日本人に意味が通る言葉にしてしまうのはおかしい、そして『スターウォーズ』の世界観の中ではあくまで「ドロイド」は「ドロイド」であり、「ロボット」でも「アンドロイド」でもないのである。同様にShieldも「バリア」ではなく「シールド」になった。
Forceについては本来この言葉(の英語)には「力」の意味があるので、「理力」というのは間違った訳ではないと思うが、フォースという言葉に統一された。
Lightsaberを「ライトセイバー」としたのも特別編の字幕である。それまでは「光線剣」だの「ライトサーベル」だのとされていたのが、本当は「ライトセイバー」が正しい。「サーベル」はイギリス英語の発音なので、アメリカ英語である『スターウォーズ』では「セイバー」と発音しなければならないからだ。
また特別編の翻訳では、それまで無視されていた部分の訳も行われた。例えばEpisode IVの、オビ=ワン(アレック・ギネス!)が牽引(トラクター)ビームの出力を切りに行くところで、ストームトルーパーの横をすり抜ける。そこでトルーパー達が話している台詞。
そうそう! トルーパーが「VT-16……、あれは相当イイらしいぜ」って話しているシーンね。「VT-16」なんてなんだかわかんらないのにね。なんなんだろう? いまだに気になるんだよなぁ……(笑)。何がそんなに「イイ」のかって(笑)。
こういった、「物語にとっては意味のない言葉」も、それまでの字幕では無視されていたのに対し、ちゃんと翻訳された。この言葉は『スターウォーズ』世界の背景の広がりを見せるために、ルーカスによって入れられたものだからである。
さて、『Episode I』が公開されることになったとき、その日本語字幕は戸田奈津子に決まった。ルーカスフィルム(20世紀フォックスフィルムだったかもしれない)から「戸田奈津子にやってほしい」と指定してきたというのだが、恐らく「一番しっかりした人にやってもらいたい」「日本で一番有名な翻訳者を」という事になったのではなかろうか。しかし、有名だからといって訳が上手いということではない 。
冒頭の英語字幕の翻訳の日本語字幕で、いきなり「バトルシップ艦隊」等という言葉を見てまず私は腰砕けになった。何故「戦艦隊」ではなく「バトルシップ艦隊」なのか? 更に、オビ=ワンとクワイ=ガンがナブーに降り立ったとき、ジャージャーを見て「ローカルの星人だ」というのは一体どこの国の言葉だ? 原文では" A local."と簡単な言葉にされているので、「原住民だ」とか「この星の者だ」としてしまえばいいのに。
他にも「ボランティア軍」だの、どこにも存在しない言葉を勝手に捏造している(もちろんこれは「義勇軍」とすべきである)。これは誤訳というよりは、もはや「言葉を使うセンスがない」というレヴェルである。
また戸田奈津子には、自分が理解できない言葉を、勝手にどこかからもってきた言葉にすり替える習性があるらしい。例えばEpisode Iで「マカニク(Mackineek)」という言葉をボス・ナスが使っている。この「マカニク」とはドロイドを表すグンガンの言葉らしいが、本編中ではその事は一言も説明されていない。つまり英語圏の人間にとってもマカニクは謎の言葉であり、物語を見て「ああ、マカニクはドロイドのことか」と想像させるように仕向けられている。「マカニク」という言葉がわからない人間がいても、そんな人間のことより世界観が重視されているのである。
だが戸田奈津子はこのあたりの脚本家の意志を完全に無視し、「判らんから」と勝手に「マカニク」を「マシーン」と書き換えてしまった。確かにそれで判りやすくはなっただろうが、それによって『スターウォーズ』の世界観の広がりを潰してしまっている。戸田奈津子は同様のことを、映画『タイタニック』で行っている。劇中の救難信号を討つシーンで、「CQDを打て」を、「SOSを打て」に勝手に直してしまった。キャメロンは歴史的事実を尊重して、観客に意味が通じないという危険を敢えて冒しつつ「CQDを」としたのに、その制作者の意図を、演出権限など全くないはずの字幕翻訳家が勝手に変えてしまったのである。同様に、『地獄の黙示録』で軍のヘリが墜落する時に「メーデー!」と言っているのを「SOS!」としてしまった。 もちろん軍隊では「SOS」などという言葉は使わない。
このように「字幕でわかりやすくする」等というのは、どう考えても映画製作者の意図に沿わない「余計なお世話」ではないだろうか。
他にもちろん単純な誤解による誤訳もある。人間が翻訳をする以上、どうしても間違いというものは発生する。その間違いをいちいちあげつらっていても仕方がない(*1)。だが戸田奈津子の場合、根本的に字幕翻訳家としての思想に問題があるとしか思えない。
字幕とは、ないに超したことはないものである。「字幕があるということを意識しない字幕」がもっとも理想なのだ。何故なら字幕翻訳者とは、監督でも演出でもない、単なる黒子なのだから。
「字幕は映画を良くすることは出来ないが、悪くすることは出来る」という言葉がある。そのため字幕翻訳者というのは辛い仕事だ。良い仕事を続けていても滅多に注目されることはなく、悪い仕事(誤訳)だけが注目される。だがこの「黒子」に徹しきれないというのであれば、正しい字幕翻訳者と言えないのではないか。そして戸田奈津子は、どう考えても黒子に徹するタイプではない。
原註