野良犬戦闘日誌: 2005年12月アーカイブ

第9

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ふとBS-hiをつけてみたら、NHK交響楽団によるベートーヴェン「第9」の演奏会をやっていた。

私はクラシックは好きだが積極的には聞こうとはしない。演奏会の類にも縁はないのだが第9は大好きで(さらに正確に言うと『歓喜の歌』の歌詞が好き)、長野オリンピックのオープニングのことは今でも覚えている。そのためこの放送に見入ってしまった。

しかしこの演奏会を見ていたら、『ロード・オブ・ザ・リング』シンフォニーに行っておけば良かったと今さらながらに本当に後悔する。『ロード・オブ・ザ・リング』シンフォニーは、同映画3部作の音楽を交響曲として編集したもの。日本では2回公演が行なわれ、2004年12月に行なわれた公演では、作曲家のハワード・ショア自身が指揮を行なった。

その時私は金銭的なこともあったが、『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』コレクターズ・ DVDギフトセットに、コンサートの模様を収録したDVDが入ることを知っていたから見送った。だがこのDVDに収録されたコンサートは実際のものよりもずっと短く編集されてしまっている。そんなわけで、ぜひ生の交響曲演奏会というものをLOTRで体験しておけば良かったと痛感しているのだ。日本でまたやってくれないだろうか。

先日までやっていた『絶対少年』などの話を見ていると、最近の現代劇では携帯電話というアイテムをどう物語に取り込むかというのが重要な要素になっていると言えるだろう。あるいは物語によっては、現代劇(時には近未来)なのにもかかわらず、携帯電話の存在をほとんど無視してしまっているものもかなり見受けられる。つまり、物語で携帯電話を扱うとなると、大幅にそれに依存するか、ほとんど無視するかの二者択一になってしまうようだ。
これは、人と人とのコミュニケーションというものが携帯電話(メールを含む)で何から何まで済まされる状況になってしまうからであり、別の状況(直接的な触れ合いなど)を主題に描こうとすると、どうしても携帯電話を排除する傾向になってしまうらしい。

私個人としては、この状況を招いてしまった携帯電話というものは、過去50年ほどの歴史の中で、物語にとって最悪の発明のような気がする。
何というか、風情がない。「いつでもどこでも通信ができる」というのは限られた者のみの特権で、だからこそ物語たり得たのではないだろうか。古典的な物語にとっては、携帯電話は邪魔な存在でしかないようだ。

グラハム・ベルが電話を発明したときも、似たようなことを考えた劇作家がいたのだろうか。

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